統治行為論からくる司法権の限界

 

kansou

統治行為とは国家統治の基本に関する高度な政治性のある行為であり、たとえ法律上の判断が可能な場合でも司法の権限が及ばないとされている行為のことをいいます。

 

これは高度な政治上の判断を伴う行為に対しては、国民の審判を受け、その行為について政治的な責任を負う立場である政府及び国会を尊重すべきであり、非民主的で国民に対して政治的な責任を負わない裁判所は関与すべきでないとする考えによります。

 

我が国が民主主義国家であるからには国家の行為に対しては、明らかな人権侵害など特段の事情が無い限り、裁判所がその違法性を積極的に判断するのではなく、主権者である国民自らが選挙を通して政治的な判断をするべきだとしているのです。

 
この考えに対しては、憲法第81条の規定において最高裁判所は一切の法律や命令、処分などに対して、憲法に照らし合わせて違法かどうか判断する権限を有するとされていることや、法治主義に反するといった考えから反論もありますが、過去の判例はこれらの主張を排除し、日米安保条約の制定など高度な政治上の判断を伴った行為に関する訴訟について違法性の判断を避けています。

 

しかし重要な事案に対して判断を下さない裁判所に対する批判も根強く、司法の役割や存在そのものが問われることもしばしばあります。